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2013年3月13日、第266代ローマ法王に就任したフランシスコはサンピエトロ広場に集まった20万人の信徒に歓喜の熱狂によって迎えられた。その期待を裏切ることなく、新法王は貧しさや困難にあえぐ人々に寄り添った活動を展開、環境問題や人種差別や金融システムにも言及し、壁を作ると発言した選挙中のトランプ大統領候補(当時)に苦言を呈するなど、今や世界で政治家以上の影響力を持つ。ローリング・ストーン誌の表紙まで飾ったその人気は、“ロックスター”のようだと喩えられるほどだ。本作は、一人の心優しきアルゼンチンの青年が、史上初のアメリカ大陸出身のカトリック教会長となるまでの激動の半生を、事実に基づき再現した実話の映画化である。
コンクラーベ(法王選挙)のためにバチカンを訪れたベルゴリオ枢機卿は、運命の日を前に自身の半生を振り返る――。1960年、ブエノスアイレス。大学で化学を学んでいたホルヘ・マリオ・ベルゴリオは、神に仕えることが自分の道と確信し、イエズス会に入会し35歳の若さでアルゼンチン管区長に任命される。だがこの時期は、ビデラ軍事政権による独裁政治の時代。多くの市民が反勢力の嫌疑で捕らえられ、ベルゴリオの仲間や友人も、次々と命を奪われていく。この苦難の時代こそが、後にローマ法王に選出されるにベルゴリオの信仰の強さや勇気を、より強固なものにしていった。彼が愛した人々、彼を支えた人々と織りなす壮絶なドラマは、驚愕と深い感銘、感動を我々に与えてくれる。
監督を務めるのは、『我らの生活』のイタリアの名匠ダニエーレ・ルケッティ。主演のベルゴリオを演じたのは『モーターサイクル・ダイアリーズ』のロドリゴ・デ・ラ・セルナ。 「タンゴの幻影」で知られるスペイン出身のアルトゥーロ・カルデラスの音楽が、彼の波乱の人生の陰影を静かに奏で上げ、余韻と感動を深めている。
コンクラーベ(法王選挙)のためにバチカンを訪れたベルゴリオ枢機卿は、運命の日を前に自身の半生を振り返る――。

1960年、ブエノスアイレス。大学で化学を学んでいたべルゴリオは20歳のときに、家族や友人、恋人と別れ、神に仕えることを決意。イエズス会に入会すると35歳の若さで管区長に任命される。ときはビデラ大統領による軍事独裁政権下。謎の失踪者が百人単位で増え始め、反政府の動きをした者は容赦なく殺害された。神学校の院長でもあったベルゴリオのもとには問題を抱えた一般市民や彼らを支援する神父たちが次々と相談に訪れるが、神学校にも軍のスパイの神父がおり、軍の圧力がじわじわと迫ってくる。ベルゴリオは同じく不当拘束や行方不明者の家族の訴えに耳を傾けるオリベイラ判事に助言を求めるも、彼女も軍に目を付けられ、職場を追われてしまう。さらに再会した恩師エステルの妊娠中の娘も失踪したままだと知ったベルゴリオはたった一人でビデラ大統領官邸を訪れる―。しばらくしてエステルの娘が痛々しい姿で戻ってきたのもつかの間、行方不明者家族の会のメンバーとして活動していたエステルと友人らは、潜入していたスパイの密告により逮捕されてしまうのだった――。

1985年、暗黒時代は終焉。失意のもと神学を学ぶためドイツに留学したベルゴリオ。ある日、引き寄せられるように足を踏み入れた教会で「結び目を解くマリア」の絵と出会う。「誰もが結んでしまう苦悩の結び目を解いてくれる」というマリア様に、自分の“結び目”を心で唱えたベルゴリオは、涙が止まらなかった。アルゼンチンに戻り、田舎の一神父として穏やかな日々を送っていたベルゴリオをクアラチノ枢機卿が訪ねてくる。首都に戻ることを断るベルゴリオに枢機卿は、法王ヨハネ・パウロ2世の任命書を手渡す。補佐司教としてブエノスアイレスに戻ったベルゴリオは、立ち退きを迫られた貧困地区の住民たちに寄り添うこととなる―。

2013年、枢機卿となっていたベルゴリオは質素な自宅アパートでラジオから法王ベネディクト16世の辞任表明を聴く。そして、コンクラーベに参加するためにバチカンへと向かった——。
1960年7月26日、イタリア・ローマ生まれ。
父は彫刻家。学生時代は文学と美術史を学ぶ。友人のナンニ・モレッティが監督した『僕のビアンカ』(83)にエキストラ出演後、同監督のベルリン国際映画祭審査員グランプリ受賞作『ジュリオの当惑』(85)では助監督をつとめる。モレッティ作品には『赤いシュート』(89)にも再び俳優として登場している。
自動車メーカーのスズキやフィアット、チーズブランドのガルバーニなどのCM制作を経て、オムニバス映画「Juke Box」(85)に参加。3年後、まだ映画デビュー間もないマルゲリータ・ブイを起用した長編デビュー作『イタリア不思議旅』(88)でイタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀新人監督賞を受賞、第41回カンヌ映画祭<ある視点>部門ノミネート。ナンニ・モレッティを主役の一人に起用した、長編3作目「Il portaborse」(91)では、ドナテッロ賞の最優秀脚本賞を受賞、第44回カンヌ映画祭コンペティション部門にノミネート。マルゲリータ・ブイと続けてタッグを組み興行的にも成功をおさめた「Arriva la bufera」(93)、「La scuola」(95)、ステファノ・アコルシを抜擢した「I piccolo maestri」(98)と長編作品を発表した後、一時期は現代美術を題材にしたドキュメンタリーなどを手がける。再び長編作品を撮り始めると『マイ・ブラザー』(07・第20回東京国際映画祭ワールド・シネマ部門にて上映)で第60回カンヌ映画祭<ある視点>部門ノミネート。『我らの生活』(10)で第63回カンヌ国際映画祭コンペティション部門ノミネート、主演のエリオ・ジェルマーノに男優賞をもたらした。同作はドナテッロ賞で8部門にノミネートされ、監督賞など3部門で受賞を果たし、ルケッティの代表作となる。
他に東京国際映画祭で上映された監督の自伝的作品『ハッピー・イヤーズ』(13)など、コンスタントに作品を発表しているイタリアの名匠である。
1953年、イタリア・クレマ生まれ。
脚本家、俳優としても活躍。映画の他イタリア国内のTVドラマシリーズでも多数の作品をプロデュースしている。プロデュース作の中にはアッシジのフランシスコを描いたドラマ「Francesco 」(02/TV)や『カロル ~ローマ法王への歩み~』(05/TV)などがある。ミケーレ・プラチド監督の「Un eroe borghese」(95)で、ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞のプロデューサー賞を受賞。本作と『俺はどこへ行く?』(16)、「 Non essere cattivo」(15)の3作品に対してItalian National Syndicate of Film Journalists 2016ベスト・プロデューサー賞を受賞。
1976年4月18日、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。チェ・ゲバラの遠縁にあたる。1996年俳優としてデビュー。アルゼンチンのテレビドラマや映画、舞台に多数出演。カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品された、チェ・ゲバラの青年時代の南米旅行記をもとにした映画『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04)でガエル・ガルシア・ベルナル演じるゲバラの親友アルベート・グラナードを演じ、アルゼンチンアカデミー賞最優秀男優賞受賞、第20回インディペンデント・スピリット賞の新人俳優賞を受賞。英国アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞で助演男優賞にノミネートされるなど世界的に脚光をあびる。その他の主な出演作にフランシス・フォード・コッポラ監督作『テトロ 過去を殺した男』(09)や<未体験ゾーンの映画たち2017>にて劇場公開された『バンクラッシュ』(16)など。
1957年4月27日、チリ、バルパライソ生まれ。チリ大学で演技を学ぶ。映画、TV、舞台に多数出演。代表作は第63回ベルリン国際映画祭に出品され、第86回アカデミー賞外国語映画賞チリ代表にも選ばれた『グロリアの青春』(13)。その他の主な出演作に『独りぼっちのジョニー』(93)、『No』(12)など。最新主演作は第66回ベルリン国際映画祭でテディ―賞審査員賞を受賞した「Nunca vas a estar solo (You'll Never Be Alone)」。
1955年9月21日、アルゼンチン、サン・ルイス州生まれ。アルゼンチンの映画、舞台、TVで活躍。主な出演作に『モーターサイクル・ダイアリーズ』(04)、『今夜、列車は走る』(04)、『神の羊』(08)など。最新作はパブロ・ラライン監督の「Neruda」(16)。
1970年7月3日、アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。父親は俳優ヴァルター・サンタ・アナ。アルゼンチンのTVシリーズ、映画、舞台に多数出演。歌手として音楽活動も行っている。
1936年:
12月17日ブエノスアイレス生まれ。
イタリア移民2世。
1973年:
イエズス会アルゼンチン管区長
1998年:
ブエノスアイレス大司教
2001年:
枢機卿
2005年:
コンクラーベで次点
趣味:サッカー(「サンロレンソ」の大ファン)、
アルゼンチンタンゴ
米国とキューバの国交回復(2014年)の仲介の役割を担う
若き頃より日本での布教活動を希望、
今年中に訪日の可能性あり??
「私は貧しい人々による
貧しい人々のための教会を望みます」
就任後初の記者会見にて
「あなたたちが私のような者を選んだことを
神様がお赦しくださいますように」
法王に選出された際に枢機卿団に対して
「法王などと言うのはなりたい人は
ならないものなのですよ。」
イエズス会の学校で
「法王になりたかったのですか?」と聞かれて
「日本のキリスト教団体は、
200年以上も聖職者なしで維持されたのです」
隠れキリシタンを例に挙げ、
信徒たちが自発的に信仰を貫くよう促した言葉